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2007.5.31 Amsterdam

現在6カ国目、Amsterdam:アムステルダム(Netherlands:オランダ)にいます。
体調等々とても順調ですが、手ごろなWireless環境がないのと
日本語表示できるネットカフェが少ないので中々更新できていません。
やや不定期になるとは思いますが
ノートPC上では日記をつけているのでチャンスを見つけて更新します。

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2007.5.26 London to Bruxelles

We are still in London.
And tonight we go to Bruxelles by bus.

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2007.5.23 London

午前中は金曜日のCotswolds(Londonから西に120kmほどの地域)
に向け、レンタカー探し
Acton Townのローカルな会社は安かったものの
日本の免許が読めないという理由で断られる
(国際免許証と日本国内の免許証、両方の提示が必要になります
実際には担当の人が詳しく国際条約を知らなかったために断られたようです)

Victoria Stn.近くのHertzに行くと値段は2倍以上
途方に暮れていた所で近くの日本語が通じる旅行会社へ
何か手段がないか訊ねたところ
一人35ポンドで日帰りツアーがあるとのこと
効率的に回れそうだったので金曜日に予約を入れる
また、奇跡的に明日分のChelsea Flower Showのチケットの余りがあり
しかも半額で手に入れることができました
(通常一人40ポンド、我々は他に手に入れるとしたらダフ屋,ticket-toutから
のため、最低一人50ポンドを覚悟しなければならない状態でした)
料金が高そうという理由で敬遠していた日本語の旅行会社でしたが
入ってみると意外にリーズナブルで驚きました

その後Victoria & Albert Museum
Londonで感動的なのは、非常に大きな美術館が数多くあるのと
そのうちのほとんど全てが無料で入れるところです
Victoria & Albert Museumでの目当てはWillium Morrisによるtea room
実際にtea roomとして使われていたのでそこで休憩
さすが美術館、作品に囲まれてのcoffee timeは素敵です

美術館を出てから郊外にある個人宅の庭園へ
英国では庭を公開している個人宅のリストが冊子として販売されているので
連絡を取って行くと、大体一人2.5ポンド払えば見せてもらえます
我々が訪問したのは、造園の設計をしているというJamesの庭
色々な質問に応じてくれました
彼の庭のコンセプトは英国の伝統的なものとは違うようですが
とても興味深いものでした

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2007.5.22 London

バスを乗り継ぎSt.Paul's Cathedralへ
Mexico, U.S.Aと比較してデザインに律儀さを感じます
基本的にはある単位となる部分が連結していって全体を構成しているという点では
大概の教会と共通しますが
その単位のアスペクト比の問題でしょうか
それとも細かな仕上げ、或いは装飾のモチーフによるものでしょうか
不思議と英国、と納得させられるデザイン

開通当初に通行者の歩行による振動がひどくて一時閉鎖されたという曰くつきの
Millennium Bridgeを渡り、Tate Modernへ
Millennium Bridgeを渡ると
まるでCGのプレゼンテーションの中の登場人物になったような不思議な気分
おそらく、あまりに光りすぎて目がちらつき、橋の上から他のものが見えづらい
そうすると自然と橋と、そこに歩く人達だけがクローズアップされたような状態になる
それが、CGが実体化ような感覚になる原因のような気がします
長くいると目眩がしそうな予感
構造システムとしては面白いと思いますが
正直あまり好きにはなれませんでした

Tate Modernは発電所が改修によって美術館になったもの
crane girder(天井クレーンのレールとなる大きな梁)が残っていたりして興味深い
思ったよりも綺麗に改修されていた、というよりは手が入っていたので
小奇麗な美術館といった風
常設展の作品は無料で見られるのですが、時間の制約上建物のみの見学

その後Tate Modernの外の芝生に座り昼食
座ると芝の匂いが強く感じられてとても気持ちが好い
この国の人達はスーツを着たまま芝生に座って食事をしています
きっとゴミ捨てなどのマナーが良いのでしょう

Waterloo駅を通り過ぎ、Museum of Garden Historyへ
小さいながら中々面白い展示です

Lambeth Bridgeを渡ってVictoria Tower Garden,国会議事堂,Westminster Abbey
寺院へ入るのは入場料が高かったため断念しましたが
それぞれに歴史の重みを感じます

その後Buckingham Palaceの宮殿前の衛兵の動きを観賞
Victoria Stn.からバスに乗って帰宅
今日は随分と充実した一日になりました

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2007.5.21 London

午前中にKew Gardenへ
世界屈指の有名な庭園だそうです

アメリカとは違う、ややまばらな芝ですが
非常に手入れが行き届いています
とても広い敷地にさりげなく沢山のベンチが置いてあるのですが
それぞれが視線が交差しないように座ったときに見える景色
周りからの見え方などにも考慮したような
配置になっています

残念ながら雨のため実際には座れませんでしたが
一日芝の匂いの中で日光浴でもできたらさぞかし気持ちが好いのでしょう

その後ケンジントンガーデンを歩き、帰宅

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2007.5.20 London

朝8時に起床
色々と話が長引いて昼前まで家を出れず

12時ころ近くのマーケットで焼き鳥を買って広場で食事
U.Kでは外食をすると簡単なランチや朝食でも一人1000円相当以上掛かりますが
マーケットで上手くすると500円相当以下で食事ができます
よほど人件費が高いのか、何か特殊な税金が高いのか
不思議です

何となく感じるのは質素倹約を始めとする、規範を大事にする精神性
多くの建物は同様のシステムで設計されていて
細部の装飾などで他との違いを主張するというような仕方

建築現場の足場については枠組み足場がないようで
ほとんどが単管パイプによるものですが
(以下はややマニアックな話になります)
筋違いやヤラズ(バットレス)の量がかなり多い
手摺は小規模な現場であっても二重
クランプ(単管同士を繋ぐための金物)の形状は確かに
日本のものよりもピン接合に近くなるような
スタンスの短い形状となってはいますが
それにしても、と思うような量
きっと法律が厳しいというだけの問題でしょうが
足場にもかなりナショナリティは影響するような気がします

バスで1時間ほどかけてCamdenという市場へ
多国籍の家具や古着、雑貨が並んでいて魅力的でしたが見るのみ

その後、街の中心部を散歩してチャイナタウンへ
驚きました
Londonのチャイナタウンの食事は非常に高いのです
L.Aでは1パックUS$1くらいでしたが
Londonでは約2倍から3倍の料金をとられます

結局外食をためらい
滞在先のActonTownまで帰ってLondon名物Fish&Chipsを購入
美味しかったのですが、味と色の単調さにUKを感じました

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2007.5.19 London

4時間くらいの時差の関係でNew Yorkから合わせて9時間ほどのフライトでしたが
ロンドンに着いたときには現地時間で朝10時

おそらく設計と、特に建設に対する考え方に起因する空港の建物の雰囲気
アメリカやメキシコとは違うものを感じます
入国審査もとても適正な印象
幾つかの簡単な質問で終了、スタンプもページを確かめて押してくれます
アメリカは硬質な審査官の態度と指紋採取、顔写真を撮るなど気分は罪人
メキシコはとても適当で、入国の目的程度しか聞かれなかったような気がします
メキシコのスタンプは私のものは何故か2国目にして最終頁
妻の場合は最後から3,4頁目
パスポートを開いて最初に出たブランクの頁に押しているようです
あまりの適当さに不安さを覚えたくらい
入国審査にも国のキャラクターが出るようで面白いです

一つ残念だったのが荷物がまだワシントンにあるということ
一日遅れで滞在先まで届けてくれるというので
逆に移動面で助かったのかも知れませんが

ロンドンではこの旅で唯一宿を予約(といっても知り合いの知り合い)していました
中心部からはやや外れたActon Town(バスの最寄はActon Marcket Place)
オーナーであり、実際に住んでいるGennyさんが部屋を使わしてくれる、いわゆる
ホームステイに近い状態
なかなか和やかな女性で安心しました

Poland出身のせいか心配していた英語も聞き取りやすく
英会話のトレーニングには丁度よいかもしれません

明日からロンドン街歩きです

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2007.5.18 New York → London

飛行機が19時のため、朝チェックアウトしてからホステルのラウンジで
昼過ぎまで日記やネットにいそしむことにしました、が
Aslanというトルコ出身の極真空手を習っている建築家のドイツ人と
(個人的にかなり共通の話題があったため)話が盛り上がってしまい
結局、日記とブログの更新はお預けに

Aslanの知り合いのAdiというインド出身のイギリス人ともそのとき知り合いました
さすがNew York、いる人の国際色も豊かです

時間があったので空港へは電車とバスで向かいました
アメリカの空港ではチェックインするまでに1時間くらい待ちます
それが原因か荷物を預けられずに激怒している方もちらほら
更に遅れて悪循環です
それが終わると靴と上着を脱いでのセキュリティチェック
段々と慣れてきたせいか、New Yorkでは
軍隊のように淡々とフォーマット通りの荷物の提示ができたため
何事も無く通過できました
止められて苦労したL.Aが遠い過去のように感じられます

さて、New Yorkで1時間半遅れて飛行機が出発
ワシントンD.Cのトランジット(定時でも1時間しか余裕なし)
では凄い勢いで走ったため
最後の乗客として何とか乗り込めましたが
荷物は乗り遅れたようです

明日はロンドンです

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2007.5.17 New York

朝ユースホステルに荷物を移してコロンビア大学へ
ちょうど法学部の卒業式だったようで
テレビで見たことのある格好をした卒業生が沢山いました
キャンパス自体にあまり魅力は感じませんでした
近くの屋台で軽食を買ってモーニングパークのベンチで昼食
その後ハーレムを少し散歩しました

New Yorkのハーレムというと、治安が悪い地域として知られています
低所得者が多く住んでいるエリアだからだとは思いますが
エリアに足を踏み入れると
(勿論、大通りでバスにすぐ乗り込める場所のみの散策です)
95%くらいは黒人、しかも他のエリアにいる方々とは少し違う雰囲気
L.Aのワッツよりは全然ピースフルな空気ですが
同じNew Yorkでも全くの別世界です
有名なアポロシアターまで歩くつもりで行きましたが
肝試し的な気分になってきたため
(周りに注意を払うだけで精一杯になってきたため)
バスで退却しました

ダコタアパートの前あたりでバスから降りてセントラルパークへ
気持ちの好い公園です
面白かったのが、馬車の運転手
ChicagoやNew Yorkでは馬車をよく見ますが、地域色が出ています
Chicagoでは
とてもクラシックな格好をした運転手が寡黙に馬を操っていますが
New Yorkでは
デニムのお兄ちゃんが足を組んで客と談笑しながら馬を操っています

その後タイムズスクエアに行き、ミュージカルのチケットを探しましたが
あまり今回の旅行にはそぐわないような値段のものしかなかったため断念
先が長いのでなかなかまとまったお金を使うのに躊躇します

タイムズスクエアあたりからソーホー、ノリータ地区へ
さすがに色々なお店が並んでいます
買い物が目的の人にはたまらないのではないでしょうか
とりあえず、我々は町の雰囲気を楽しみました
ノリータと隣接しているチャイナタウンで夕食をとり、ホステルへ

明日はイギリスへ移動です

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2007.5.16 New York

朝1番の仕事はホテル探し
4日目の宿はホステルを採りましたが今日一日は別の宿を探さなければいけません
歩いて5分ほどの、別のホステルを紹介してもらいましたが
予約不可、14時にならないと泊まれるかもわからないということで
行動が拘束されるのを嫌い別を当ることに
結局、23番通りの駅の側にあるレオハウスという、ホステルよりは少し高い宿を確保
夕方のチェックインまで荷物を預かってもらうことに
大きなバックパックと手荷物を持った小柄なアジア人二人組
道路を渡っている姿はまるでカルガモ夫婦です

荷物を預けた足でそのままグラウンド・ゼロ(WTC跡地)へ
駅が敷地の真ん中にあります
現在は基礎工事の真っ最中ですので沢山の重機がせわしなく動いています
駅から出るとテロ関係の写真や犠牲者の名簿を展示してあります
多くの観光客がその前で険しい表情
少し気になったのが、犠牲者につけられた「HERO」という文字
何故つけたのか、それはとても明解でまたアメリカらしいと思いますが
「HERO」という語をつけることに対して、素直に賛同する気にはなれませんでした
その理由を説明するには少し時間が必要かもしれません
旅の間の一つの課題です

再びイサム・ノグチ庭園美術館へ
庭園美術館は素晴らしいものでした
人種やコミュニケーションの仕方、街の雰囲気など
ただ行くだけでも得るものは大きかったとは思いますが
あれだけでもNew Yorkに行った甲斐があったと思えます
晴れていたので傘を持たずにホテルを出たのですが途中で大雨
夕方の閉館まで待ったものの止まずに美術館の外に出ることに

近くのバス停(屋根とガラスの壁はあるものの椅子はなし)
で他の客(工業地帯のため、ややすさんだ風の方々)とバスを待っていました
バス停のすぐ前には油混じりの大きな水溜り
治安が良いとは言えない場所のため、何か嫌な予感がしていましたが
ふと左を見ると(右側通行のため、手前の車線は左から車が来ます)
近くで急にハンドルを切ってバス停すれすれを通ろうとする車の姿
気づいた時には何かのアトラクションかと思うような水しぶきが頭の高さまで迫っていました
後ろは防風用のガラスの壁、逃げ場はありません
とっさに真横を向いたので受けた水量は少なく済みましたがかなりくらいました
妻は斜め後ろ2mほど離れた場所にいましたが正面を向いていたので
やはり同じくらい受けてしまったようです

さて、車がわざと水をかけたというのを知っていたから
バス停で一緒に待っていた人達の怒り方の凄いのなんの
同じ被害者であるということの、あの団結力は面白いものですね
汚い水を被ったのは腹が立ちますが
それ以上に興味深い体験をしました

レオハウスの近くにあるWholeFoodsというマーケットで夕飯を買出し
初めてNew Yorkのデリというものを体験しました
比較的安く、とても美味しくて感激しましたが
買い方が慣れていなかったのが原因でしょうが
レジに品物を出した瞬間、店員に鼻で笑われました
これは多くの(most of とalmostの中間位)New Yorkerが共通して持っている雰囲気ですが
自分の基準で判断するかぎりでは
New Yorkにいるということにプライドを持ちすぎているようです
確かに世界的に重要な働きをしているのは確かだとは思いますが
その点でNew Yorkはあまり好きになれない街です

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2007.5.15 New York

午前中にQueens地区にあるイサム・ノグチ庭園美術館へ
調べればよかったのですが、閉館のため外観のみ見学
その足でアッパーイーストのベーグル屋へ
メキシコのタコスでも思いましたが
なぜこんなに違うのかというほど外国に出たものは味が違います

その後グッケンハイム美術館(改修中)へ
その後の予定もあったのでエントランスから上を眺めるに留める
メトロポリタン美術館も同様にエントランスとショップのみ見学
3日かけても見きれないとガイドブックに載っていましたが
本当に規模が大きいですね

その後タイムズスクエア方面へ
MOMAは休館日のためショップのみ
隣りのフォークアートミュージアムは面白そうでしたがショップのみ見学
ロックフェラーセンター、聖パトリック教会、タイムズスクエアを散歩
古本屋で仕入れた5年前のガイドブックを使っているせいか
3泊目であてにしていた
タイムズスクエア近くのアラジンホテルという安宿はすでに別の施設になっていました

夕食はチャイナタウン
物価の高いNew YorkでUS$10程度で夕食が済むというのは魅力です
L.Aと同様に、表通りに隣接したお店よりも裏通りで流行っているお店が美味しいですね

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2007.5.14 Chicago→New York

朝8時過ぎに起床
タクシーでO'Hare空港へ
17時にNew Yorkに到着(Chicagoとの時差は1時間)
オフシーズンだと思って侮っていたら意外にホテルが埋まっていて驚きました
幾つか当ってみて条件のよかった(と書くと高尚ですが、「安い」という意味です)
アッパーウエスト(Central Parkの西側)にあるHosteling Internationalに決定
ドミトリーですが無料wireless、セキュリティもカードキーを使用しているので
なかなかのものです
New Yorkで一人一泊約US$30はお値打ちです
予約の関係で2泊しかできないということで
3泊目は別を探すことになりました

夕方に着いて夕食をとるためチャイナタウンへ
チャイナタウンに行くと華僑の逞しさと、何故だかよくわからないあの安値に驚きます
New Yorkはさすがに人種の宝庫のようで、地下鉄でも車内を見渡すと
実に様々な人達がいます
白、黄、黒の肌の色は勿論、その中でもインド系の人、メキシコ系の人、中国系
日本人系と様々
Chicagoまではいたのですが
アメリカの西部や南部にいるタイプ、カウボーイ的な人達が全くいなくなるのは
気になりました
文化的に合わないのでしょうか

明日から街歩きです

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2007.5.13 Chicago

朝8時起床
ダウンタウンの一角にあるシャガールのタイルによる壁画を見る
シカゴは芸術に関して意識がかなり高いようで、その近辺にも
ピカソやミロによる大きな彫刻が野外に設置されています
油彩の絵でしか見たことがありませんでしたが、タイルの壁画も
なかなかのものです
どのように制作したのかというのが興味深いです

その後ミレニアムパークで幾つかの作品を鑑賞
ゲーリーの野外音楽堂のような建物がありましたが
彼の作品はL.Aでのものと同様、力技で設計したという印象を受けます
構成は単純で、端部固定の線材を通せる場所に通す、という方法で構成していて
後から見るとなんとも無茶苦茶なフレーム
あのような作品を見るとコンピュータに対する過度の信頼が気になります

ミレニアムパークの端にあるmetraの駅から南へ(55th Street)
アメリカランドスケープの昔の大御所が設計したというジャクソンパークと
ライトのロビー邸(言語表記に統一性がないのはわざとではありません)
を見学(ロビー邸はガイド付で中に入れます)

その後再びオークパークへ行きライトの作品を20作品ほどでしょうか
外観のみ見て回りました
オークパークには本当に多くの作品が現存していて
隣り合っている場所も幾つかあるのですが
それぞれデザインパターンを変えているところが凄い
近隣の住宅もやはり彼を意識した作品が多くありますが
見分けられます
或る本に、芭蕉の言葉が引用されていました
(芭蕉のオリジナルの言葉は恐らく違いますので正確ではありません)
「故人の跡を追うな、故人の求めたものを求めよ」
そんな言葉を頭に浮かべながら街を散策していました

オークパークはとても好い場所です
ライトの作品が多いというのも一つかもしれませんが
どこも街路と庭に青々とした芝が茂っていて
芝の香りがとても良い
ガーデニングに力を入れている家も多いので
時折さまざまな花の香りもします
町全体の雰囲気がのんびりしているのもあって
ただ散歩しているだけで気分転換になる
なぜかライトの自宅兼スタジオの庭周辺にはいつも
アサリの酒蒸しのような匂いがたちこめていますが
(この表現、少なくとも妻は同意してくれました)

明日はニューヨークに移動です

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2007.5.12 Chicago

朝10時頃起床
ヘリコプターの音がうるさいと思って窓を見ると
すぐそばのホテルの屋上にヘリコプターが鉄骨を上げている
レッカーが入らないのでしょうか
それとも経済的な理由っだけの問題なのでしょうか
高層ビルの隙間を繰返し縫うように上下するヘリコプターに驚きました

やや遅い時間に出てオークパークへ
作品を見ず、ただ歩いているだけでも満足できるような雰囲気の好い住宅地
風も穏やかで、芝の香りがとても心地よい
公園に入ると花のにおいが風で流れてきます

ライトの作品が紹介されているもので35程度このエリアにかたまっています
ミースの作品は基本的に同じような設計なのでいくつか見ると
やや退屈になってきますが
ライトの作品は隣接していようと関係なく
一つ一つの家に異なる意匠をほどこしているせいか
見ごたえがあります

今日はライトの自邸兼スタジオを見学して幾つか近所の家を見、ホテルへ

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2007.5.11 Chicago

朝8時頃起床

WaterTower近くのVisitor Centerで情報収集
Chicagoは文化事業に力を入れているので観光情報も豊富です
Visitor Centerはカフェの中にあり、時々ジャズを生演奏
調べてみると年にかなりの数の無料のコンサートなどのイベントがあり
ちょうど今日はそのうちの一つが開催されるとのこと

Center近くにあるLake Shore Drive Apartment(ミースの代表作の一つ)
初めて見るのと、メキシコでなれたせいか色々な意味で美しく感じました
ただし、最も印象的だったのは風の強さ
Chicagoは「風の街」と言われるほど風が常時吹く街だそうですが
湖沿いの風は特に強く、常に6m/sec強くらいの風が吹いていました
道端に植えてある植物は風のためか全て同じ向きに傾いています

その後シカゴ名物のピザ(キッシュのような生地。とても胃にもたれる)を食べ
グリーンライン(電車)に乗り、イリノイ工科大学(IIT)へ
IITの見所はミースが設計したクラウンホールなどの校舎と
レム・コールハースの学生ラウンジ(だったと思います)

クラウンホールではたまたま建築学科の卒業設計の展示会のようなものをしていて
思わず見てしまいました
工科大学だけあって技術に傾倒していたのが印象でしたが
面白かったのが、日本とあまり変わらない作品の傾向
ほとんど全てが建築雑誌のコピー作品であるというのと
妙に上手なプレゼンテーション
何か道具に振り回されてしまっている感があります
編集能力は確かに高いように思いますが

クラウンホール自体はなかなか綺麗な建物で
ミースのやりたかったことが明確に表現されているようです
隣接していくつか似たような建物が建っていますが
クラウンホールが最も美しく、メンテナンスも行き届いています

いくつか見ると
「Less is Bore」
という批判の言葉を思い出すのは現代的な感覚なのでしょうか
その後寄った学生ラウンジは予想以上に良いものでした
ミースの近代性を内包しながら
現代的な世界を表現している
さらに、MVRDV的な雑さもない
(表現としては同じ香りをかもしていますが)
全ての領域において手を抜かない
あるいは、考えきっている、という表現が正しいのかしら
何か設計者の気迫のようなものを感じる建物でした
IITのキャンパスではbestだったかも知れません


ダウンタウンに戻り、IBM(ミースの作品)の脇を通ってホテルで小休止
その後22時頃出発して無料コンサートのイベントエリアへ
L.Aのダウンタウンなどでは治安面でこの時間にはなるべく外に出たくないのですが
Chicagoは一般市民が多く出歩いているため或る程度安心できます
真夜中だというのにエリア内(日没から明け方まで沢山の会場で
様々なアートイベントを開催)は大混雑
深夜には皆ナチュラルハイになっているので不思議な空気が流れています
私達はシカゴ・シアターでジャズの演奏を聴き
その後いくつかの会場を歩き、1時半過ぎにホテルへ

疲れました

ところで、ChicagoはL.Aのような激しい階級社会ではなさそうです
ダウンタウンの中心にいるというのはありますが
基本的には中産階級が多数を占めているようで
高層ビル群とも相まって、日本の、特に東京に似ています
不思議なくらい馴染みやすい雰囲気です

明日はライトの作品が集中するオークパークへ行きます

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2007.5.10 Mexico City → Chicago(U.S.A)

朝一番でソカロから歩いて7,8分の所にある市場へ
イサム・ノグチの壁画を見るためです
一般に知られていないそうで
J氏から詳しい情報が聞けなかったら辿り着けなかったでしょう
アメ横のような町の小さな市場の端にある
屋台の裏に半開きになっている格子ドアをくぐって階段を登っていくと
ひっそりとその作品が佇んでいます
不思議な作品ですが、かなり魅力がありました

その後、ソカロから地下鉄で6駅ほど離れた駅の前にあるCandelaの教会へ
Candelaの作品で最も興味深いのは
なぜメキシコでこんなに綺麗なシェルを作ることができるのか
メキシコの建築は一般に非常にずさんな安全・品質管理のもとで作られます
比較としての日本の建築現場が特殊なのかもしれませんが
基本的に職人のやる気と仕事に対する考え方が全く違いますので
とても不思議です

荷物が重いのと妻がやや不調のため
タクシーで空港へ
驚いたのはセキュリティチェックの甘さ
昔、日本の国内線で受けたチェックよりも甘いのでは、と思うほどです
隣国にも関わらず、アメリカの異常な厳しさとあまりに好対照で
どこか皮肉な感じがしました

Chicago空港に着いた瞬間に空気の違いを感じました
それは、比喩的でも直接的でもあります
空港のつくりがやはりメキシコとは違う
これは、設計というよりは施工の差によるもののような気がします
そして、何より空気が濃い
離れてみてとても実感しました、やはりメキシコシティは高地ですね

空港からはタクシーでダウンタウンへ
ユースホステルには電話が繋がらなかったので
Tokyo Hotelという安宿へ行くことに

結構汚くて怪しげなホテルですが立地と値段という意味では良いです
中心部の一角で、ヒルトンとシェラトンに挟まれたような場所に立ちながら
二人で$45、簡単にディスカウントに応じてくれて$40ということになりました

明日から14日までいて、14日にNew Yorkに移動です
Chicagoは建築という意味でも楽しみですが
ブルースとジャズも楽しみな街です

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2007.5.9 Mexico City

朝早い時間にバスターミナルTerminal de Norteへ行き、そこからテオティワカンへ
Mexico Cityからテオティワカンへはバスで1時間ほどの距離です

テオティワカンの遺跡のメインは太陽と月のピラミッドの登頂
妻が「Taro」のお陰で復調したようで安心して向かいました

非常に大きな遺跡
写真にはあの迫力を写すことはできません
どちらのピラミッドも登るのに苦労しますが
一度登ってみる価値はあります


午後はフリーダ・カーロとディエゴ・リベラが暮らした家を見学
家の中にある展示もカンディンスキーやピカソ、クレー、北斎他
凄いコレクションでしたが
家がとても興味深かったです
(設計:Juan O'golman)

夕食はJ氏達と5人でタコスを食べに行きました
その後、奇跡の伝説で有名な
グアダルーペ寺院を経由してホテルへ

Mexico Cityでの滞在は
忙しい中時間を割いてくれたJ氏(と、J氏の彼女さん)のお陰で
非常に充実したものになりました

明日はシカゴに移動です

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2007.5.8 Mexico City

朝11時にチャプルテペック公園傍にあるCasa Luis Barraganへ
偶然にも予約が重なっていたもう一人の見学者が日本人の女性Mさん
後で話を聞くと、我々と同様世界一周旅行券で世界を回っているとか
同い年、地元も私の実家から車で10分ほどの場所と妙な親近感を覚えました

さて、Casa Luis Barraganは想像していたような神秘性には乏しいものの
かなり色々な工夫がされています
Luis Barraganがキリコから最も影響を受けたという情報が興味深かったです
また、ガイドを勤めてくれたCさんは過去に芸術家を志し
今は機械工学の技術者をしているとのこと
クリムトやアールヌーヴォーへの興味から日本へも半年ほど留学していて
私の母校にも行ったことがあるそうで
なかなか面白い方でした
また、別の意味でも面白かったのが
マヤの血を引いている彼は時間に非常に正確なのだと主張していたのですが
実は後でJ氏に聞いたらCさんと2ヶ月ほど前に仕事をしようとしたものの
あまりに時間に不正確だったため手を切ったということだったのです

世間は狭く、世の中には色々と面白い人がいますね

Casa Luis Barraganを出て徒歩でいける距離にあるCasa Gilardiへ
この住居は個人宅で、予約をすればやや高い入場料にて入れます
色彩は面白いと思いましたがやはり期待していたような神秘性は乏しい

見学を終え、南下してコヨアンカ地区へ
CandelaのSan Vicente de Paulという教会などを見るため
それから、J氏のお母さんが経営している「Restaurante Taro」に行くためです
非常に美味しい和食に驚きました
大概の外国にある日本料理店は日本らしくなろうとして
逆に嘘くさくなることが多いように思いますが
アボガドなどのメキシコの食材を使っているにも関わらず
Taroの料理は日本料理です
日本人の料理人がいるわけではないそうですので
きっとお母さんが非常に繊細な感覚を持っているのでしょう
色々と考えさせられる経験でした

今朝まで食料を受け付けなかった妻がかなり色々食べられたのも
ちゃんとした和食だったからでしょう
また、かなりお母さんにサービスしてもらいました
とても助かりました


食後、San Vicente de Paulへ
綺麗なHPシェルですが、システムとしては単純で特筆するべきものはありません
むしろ、外部に手摺なしで着いている(結構振動する)片持ちのRC階段や
内部のステンドグラス、特に神秘的な、ややイサム・ノグチのような造形の
マリア像が印象に残りました

その後「Taro」に戻り、Sound Scape Designerと打ち合わせ中のJ氏と合流
Candelaの作品を二つほど車で回って見せてもらい
彼の家の近くのアーティストが集まるという変わった飲み屋へ
着くと10人くらいでしょうか
メキシコや他の地域から来たというJ氏の知り合いがいて
楽しい飲み会になりました

その中の一人、KさんはNY在住のデザイナー
NYで時間が合えば再会する約束もしました
「旅は御縁の連続です」
これは名古屋の白壁地区にある「南洋の父」というカレー屋さんの主人(父)
元バックパッカーの言葉ですが
最近よく思い出します

明日はテオティワカンへ行きます

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2007.5.7 Mexico City

朝から妻の体調が優れず
今日は一日休養をとることに

夜J氏が心配してホテルまで駆けつけてくれました
おそらく高山病とのこと
色々とアドバイスをもらいましたが
意外だったのはコーラが高山病に効くということ

明日は昼からLuis Barraganの作品を2つ
Candelaの作品をできれば3つ見る予定です

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2007.5.6 San Miguel de Allende → Mexico City

昼ごろMarcoにバスターミナルまで車で送ってもらい
Mexico Cityへ

帰ってきて不思議だったのが、以前はスモッグや高山病的な症状が出ていたのが
全く平気になっていたこと
いつのまにか克服していたようです

ただし、4時間のバス(時間的な問題で2等車)のせいか妻が体調を崩してしまいました
車酔いのようです
個人差が大きいようですね
ずっと車中で本を読んでいたにも関わらず、私は無事でした

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2007.5.5 San Miguel de Allende

朝9時に街の中心にある公園ソカロ(地元の愛称はJardin=公園の意)
にてMarcoと落ち合う
Marcoと郊外にある温泉(Gruta)へ
こちらの温泉は、温水プールです
アメリカのリタイアした人がこの街に移住することが多いと聞いていましたが
この温泉に来ると実感します
洞窟のような場所もあり、なかなか感じのよい場所
まわりの緑の香りも強く、リラックスできました

隣接している芝の広場で体を乾かしながら日光浴
その際に「チーノ」という冷やかしの言葉がなぜあるのか聞いてみました
Marcoによれば、国内では少数の民族が珍しいのと無知、それから
中国製の製品が安くて壊れやすいという、あまり良くないイメージがあること
日本人と中国人の区別ができないことなどが考えられるとのこと
また、必ずしも悪意があるわけではなく
巻き髪やアジア人のような外見をした場合にはネイティブの人同士でも
「チーノ」とからかいあうそうです
また、ブロンドのMarcoもよく「グロア」と言われるようです
これは白人に対する冷やかしの言葉で、彼の考えによれば
アメリカ軍の迷彩色の軍服を起源とするアメリカ人の呼び方「グロンボ」
(うろ覚えなので正確ではないかもしれません)
から来ているとのこと
アメリカに侵略された歴史を持つので
「アメリカに帰れ」という意味も持つらしいのです
彼も昔はそう呼ばれるのが嫌だったそうですが
最近では自身も人ごみから人を分別するのに
「チーノ」や「グロア」を使うようです、もちろん悪意はありません

日本でも韓国や北朝鮮、ときどき中国の人に対して「チーノ」と
同じような言葉で差別していたというのは事実ありますので
(現在でも使い捨てカメラが「ばかちょんカメラ」と呼ばれるのをよく聞きますし、
昔の職場でも縄の結び方で、本結びを間違えると「朝鮮人」と言われたりしました)
程度の差だけの問題のようです
Marcoも説明の前に「これは世界中どこでもあることだと思うけど」
という言葉をつけていました

昼食は帰り道の途中にぽつんと一軒、簡易テントを張って屋台を出していた
Marcoの知り合いの店でとりました
コーンのみで作ったトルティージャに具をはさみ
Naranja(オレンジ)ジュースはおじさんが目の前でオレンジを一つずつ
手絞りしたもの
ロケーションや味、値段を考えると
やはり地元の人ではないと入れない領域は広いなと感じます
浅草で仕事をしていたときにも強く感じたことですが
観光地の場合、同じ対象でも地元の人と観光客のそれに対する
印象は全く違うものになりますので、注意が必要かもしれません
(また、このような問題は或る程度いい加減に考えることが必要です)

昼食後はMarcoと別れ、中心部近くの民芸品市場やアジェンデ美術学校
エルニグロマンテ文化会館を経てJardin Botanicoへ
Jardin BotanicoはMarcoの兄Adrianが勧めてくれた場所
郊外にある、とても広い公園です
様々なサボテンを始めとする植物が植わり
気候のせいか作り方を工夫しているのか
まるでデレク・ジャーマンの庭を見ているようでした

MarcoのおかげでSan Miguel de Allendeの滞在は
かなり有意義なものになりました
明日はMexico Cityへ移動です

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2007.5.4 Guanajuato → San Miguel de Allende

朝6時半起床
午前中はSan Miguel de Allendeに移動
荷物が重いこともあり
同じ宿に泊まっていたカナダ人の学生アンドリューとタクシーをシェア
Guanajuatoのバスセンターに行き、二等車に乗り込む
1.5時間と短かったので二等車を選択しましたが
少しの金額差でこうもサービスが変わるものかというほどの違い
本当にグレードは様々のようです

我々が持っているのは「地球の歩き方」
アンドリューが持っているのは「Lonley Planet」
San Miguel de Allendeの宿情報については後者に軍配が上がりました
前者で最も有用だと思われたものの半額の料金でホテルが見つかりました
ホテルの名前は「Vianey」
前者には名前のみ地図に書かれているホテルです(一部屋N$150/day)

無事に宿を確保して昼食
街中で見つけたポージョ(チキン)のタコス又はトルタ(パン)しかメニューのない
いさぎよいレストラン
非常に美味しく、チキンタコスN$6/個、チキントルタN$12/個とても安価
店を切り盛りしている女性は非常に威勢がよく
「この店はとても美味しくてリーズナブルですね」という趣旨のことを
片言のスペイン語で話したら
非常に早いスペイン語で色々と話してくれました
メキシコでは「チャキチャキの江戸っ子」的な形容があるのでしょうか
あるとすれば、まさにそのモデルのような女性でした

Marcoとは昼食後に電話でアポイントをとって、ソカロ(街の中心にある広場)
で落ち合うことに
まだ着いてそんなに時間は経っていませんが、非常に感じの良い街です
多分、今回行った4箇所の中ではbestです
銀で発展したGuanajuatoの近くで、手工芸により発展した町San Miguel de Allende
建物の細部もメキシコにしては非常に細かく作ってあり
石組みはGuanajuatoも同様ですがサーモンピンク色
市内の芸術学校はメキシコでは随一らしく
過去に多くの有名な芸術家を輩出している名門だそうです
留学生も多く、英語もある程度通じやすい
人も他の地域より穏やかでのんびりした雰囲気の人が多く
久々に「チーノ!」と街中で野次られませんでした

ソカロにはメキシコ独特のカットをされた木々とカットフルーツ屋台のほのかな甘い香り
ベンチに座ってのんびり一日本でも読んでいるのも気持ち良さそうです

さて、午後2時半頃ついにMarcoと会うことができました
日本にはかなり興味があるようで、カフェで3時間近くも日本の話題
ところで、途中で彼の曽祖父の話題に
Adrianからメキシコでは有名な建築家と聞いていましたが
作品を教えてもらうと確かに凄い
<ガイドブックによる形容>「建物名」(city)
<首都のシンボル>「独立記念塔」(Mexico City)
<メキシコを代表する壮麗な大劇場>「フアレス劇場」(Guanajuato)
を設計したというのですから、国を代表する建築家だったのでしょう

明日はMarcoと市内を観光
楽しみです

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2007.5.3 Guanajuato

早朝から銃声のような音が鳴り響く
街にはメキシコにしては珍しく8時頃には沢山人が出ていて
大小様々の花がついた十字架を持っている
何かの行事の日なのだろうか

今日始めに向かったのはCentroから少し離れた場所にある
ミイラ博物館(del Museo de Momias)
老若男女、赤ん坊からスーツを着たものまで
百体以上のミイラが展示されている変わった博物館です

館内にはややトーンの高い、宗教的な雰囲気の女性の歌声が響き
独特の雰囲気をかもしています
メキシコは概して空気が乾いていますが
Guanajuatoの近郊では空気が特に乾燥しているため
特別な措置をしなくても遺体がミイラ化してしまうようなのです
思い返してみると
あまり換気と掃除が行き届いているとは思えないシャワールームに
カビが全く生えていない
夜洗った服が、翌朝にはクローゼットの中で乾いている
まるで何日か晴天の元で天日干しにしたかのような乾き具合
(なお、部屋の湿度は夜の時点で20%程度とやはり非常に低い)

感覚的にも、私は粘膜関係が弱いので
常に目と鼻が乾燥しているのを感じています

ミイラ博物館からCentroに戻り、市内を散策
街は非常に小さく、範囲も狭いのですぐに回れてしまう
興味深かったのはDiego Rivera(ディエゴ・リベラ)の生家でしょうか
リベラはメキシコの壁画運動を牽引したシケイロス、オロスコと並ぶ巨匠
彼の作品自体に特筆すべきものはないような気がしますが
(同時代の色々な有名が画家の表現方法の模倣をしすぎて
 彼が何を表現したかったのか希薄であるため)
恐らく彼が使っていたと思われる寝室の持つ妙な重量感
重力係数が上がったような感覚には驚きました
ちょっと不思議な体験です

夕方近くに歩いてピピラ像(独立戦争時のインディヘナの英雄ピピラの像)
が立つ高台へ
かなり急勾配かつ迷路のような道を進んでいくのでかなりハードでしたが
ピピラ像の広場から見るGuanajuatoの街は非常に綺麗でした

街に埋もれて見えるものと街から離れて見えるもの

夕方Adrianの弟Marco(San Miguel de Allende在住)と連絡が取れました
我々と会う時間をとってくれるようで、非常に行くのが楽しみになりました
明日はSan Miguel de Allendeに移動です

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2007.5.2 Guadalajara → Guanajuato

朝6時半起床

チェックアウトしてAve.Revolucionへ
中心部から10数キロ離れた郊外にある長距離バスターミナルに向かうためです
メキシコのバス停には日本のように看板が立っていません
この日に初めて知ったのですが
車道に何やら記号が書いてある場所があり、そこがバス停なのです
いつも通り、片言のスペイン語で近くの人を掴まえて
「Quiero ir terminal de Guadalajara, y quiero ir Guanajuato !」
(グァダラハラ・バスターミナルに行きたい。そしてグァナファトに行きたい)
こちらで主張すると大抵何かしらの情報を親切に教えてくれます
ここで解釈に幅が出るような主張をしたり
簡単な部分でも確認を怠るとかなり痛い目をみることになりますね
今回の移動でも実はやや痛い目をみました

バックパックで移動していたせいか
バスの降車位置(Terminal de Guadalajara)は近くに座っていた
オジサン達が教えてくれました
中心部に行った時とは別ルートのバスでしたので危うく乗り過ごすところでした
これは確認を怠っていたものの、周りの親切に助けられました
幸運でした

さて、無事に長距離バスに乗り込めましたが
そこから一つハプニング
全員降車したので着いたと思ってバスから降りて
街の中心部に向かおうと「Centro」に向かうローカルバスを聞いてまわる
Mexico Cityと同じmetro busという大きなバスに乗って「Centro」へ
着いたバス停で係員らしき男性に
「ここはこの地図のどの辺ですか?」
と聞くと「違う、違う」というジェスチャー
そう、着いたのはCentro de Leon(レオンはGuanajuatoからバスで1時間位の街)
隣町だったのです
長距離バスを降りるときに運転手に確認すべきだったのです

その後は色々とカウンターで抗議をしたりして何とかGuanajuatoに到着
その一連の事態の中でとても心に残ったのは
警察と警備員の中間に位置するような人です
レオンのCentroのバス停からGuanajuato行きの長距離バスに乗りこむまでの間
ずっと前を先導しながら案内してくれたのです
スペイン語しか話せなかったので詳しい情報は分りませんでしたが
終始紳士的な態度で私達や街の人に接している姿はなかなか素敵でした

GuanajuatoのCentroには夕方4時ころ到着
時間も遅かったのでガイドブックに載っていたホテルに決める
時期のせいか場所のせいなのか、急に日本人が多くなりました
夕食をとったお店では後ろに3人の若い日本人女性
大声の会話の内容を聞いていると、外に出たらBIG BOXでも見えそうな雰囲気
(BIG BOX:高田馬場駅前のよく待ち合わせの目印に使われる建物)
ところでその女性達が店を出るときに
「チップ入れがレジの辺にない?」
とやはり大声で行ったりきたりしています
これを聞いて疑問だったのですが
店員個人でなくレジ、つまりお店に吸収されるチップというのは
存在しうるのでしょうか?

Guanajuatoは観光地の要素がかなり強いようです
明日は街歩きをします

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2007.5.1 Guadalajara

朝8時頃起床
頭痛が収まった代わりにお腹が不調です

今日はバラガンの2つの作品を訪ねました
一つはCasa Gonzalez Luna(ゴンザレス・ルナ邸)
残念ながら5月1日は閉まっていました
外観だけでしたが、なかなか雰囲気の好い住宅
ただし、写真ではインパクトのある黄も周辺の住宅の鮮やかな色彩の中に
溶け込んでしまっていました
もう一つはCasa Robles Castillo(ロブレス・カスティージョ邸)
ここは現在カフェになっているため入ることができました
バラガンが25歳くらいの時の作品
予想とは異なりあまりインパクトはなく、ディテールも美しくない
ロブレス・カスティージョ邸を観て思ったのは
メキシコ全体に流れる雰囲気
それは、概形に関するインパクトの強さと、細部に対する執着の薄さ
人の気性のせいなのでしょうか
どちらが良いかはその人の好みですが
日本とメキシコの基本的なキャラクターの違いを感じます
ただし、日本でも少なくとも浅草近辺にはメキシコとかなり似通った
空気が流れていますので、とても引いた位置から見た比較ですが

明日はGuanajuatoに移動です

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2007.4.30

8時頃起床
風邪のためか一日中頭痛がしました

ホテルの前にあるリベルタ市場(Mercado Libertad)
一階にてタコスを食べる
小さいものが10個でN$20(220円)

今日の収穫はハリスコ州庁舎の壁画
階段の天井画、オロスコによる「立ち上がる僧侶イダルゴ」と
タイトルはわかりませんが、会議堂にある同じくオロスコの天井画
ガイドブックでどのような絵が描かれているのかは知っていましたが
絵の大きさ自体、それからその力強さがあまりに凄かったため
一時頭痛を忘れて見入ってしまいました

バラガンの革命公園は期待を大きく裏切る結果に
普通の公園でした
ただし、何故あの公園が詩人のオクタビオ・パスに
「バラガンがデザインした広場は、出会いの場所であり
 隠遁の場所である」
と評されたのかには興味があります
過去にはもっと違った形で存在していたのか
メキシコにあるからそのような評価を受けるのか
それとも他の理由によるものか、など

もう一つ興味深かったのは
革命公園を歩いていると遠くから
「チーノ!ハポネサス!」
と罵声
チーノとはスペイン語で「中国人」
ハポネサスは「日本人」
噂には聞いていましたが本当に言う人がいました
興味深いというのは
彼らが罵声を浴びせて自らが得ようとしているもの

ホテルへの帰りに市場を散歩
市場は上野のアメ横が少し大きくなったような雰囲気
上野の濁声で「安いよ安いよ~」と叫ぶ魚屋がそのまま
メキシコに来たようなおじさんもいて何とも微笑ましかったです
中庭のような場所でとても小規模な「ルチャリブレ」(プロレス)が行われていました
あの熱狂の仕方は何か下町の祭りを想起させられます

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2007.4.29

朝6時過ぎに起床
Mexico CityからGuadalajaraへの移動はバスで7時間ほどなので
早く出発しました
まずはterminal de norte:北側バスターミナルへ
metroという地下鉄を乗り継いで行けるはずが
la Razaという駅から先に行けず(封鎖されていました)
振り替えのバスに乗車
近くの人に行き先を主張していたら「私達もそこまで行きます」
という人が現れ、無事にたどり着くことができました
アドリアンの薦めによりETNという会社の長距離バスのチケットを探す
Guadalajaraへのチケットは相場が大体一人N$360~N$570(約4000円~6300円)
ETNはその上限価格でしたが、時間が長いのと二人とも風邪気味だったため
あまり考えずに購入

驚きました
車内は飛行機でいうところのファーストクラスみたいな空間になっていました
簡単な軽食セットにミネラルウォーターが無料で配られます
非常に快適な移動になりましたが、外の風景とのギャップを考えると
何か階級社会というものを如実に感じます

Guadalajaraのバスターミナルにに到着
市内の中心から10数キロ離れているので
そこからバスで市内に向かいました
ある地下鉄の駅で乗り継いで宿に向かう予定が
土地勘がない上に言葉が分らず3ブロックほど乗り越し
やや苦労しましたが
メキシコはあまり言葉が通じなくても元気に挨拶をしたら後は
単語とジェスチャーで方向くらいは明らかになります

GuadalajaraはMexico Cityよりも地下鉄が発達していると聞いていました
そのせいかは分りませんが、地下鉄に乗り込むときのチケットが面白い
チケットはかぎのようにギザギザのついたコインなのです

今日の宿はリベルタ市場の前にある「イザベル」という安宿です
明日はGuadalajaraの街歩きをします

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2007.4.28

メキシコ二日目
2000mの高地とスモッグのためか、少しの運動が堪える状態

午前中にJ氏と連絡が取れました
昼食を一緒にとることに
メキシコで朝何を食べるか理解しやすいということでホテルのビュッフェを選択
食事の間だけでしたが興味深い話でした

日本にいるとかかる潜在的な制約
(ここでいう潜在とは、法的なものを顕在とした場合の対義語として使います)
日本以外では多く存在する階級社会

その辺のディテールについては
明日グァダラハラに行き、グアナファト、サンミゲルデアジェンデを経て
5月7日頃またメキシコシティに帰ってくるまでに考え
彼とディスカッションをした後で書こうと思います
彼と、またその友人たちと話すのが楽しみです

明日はグァダラハラに移動です

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